learn japaneseについて
もしそんなありえないことが起こるのなら、ほかにもそれに似た、ありえないことが続いて起こるだろう」といった暗黙の前提があるから、そうしたひやかしのせりふが意味をもつのです。
ここでは前件と後件の結びつきはあまり緊密なものとはいえません。
しかし前件と後件がともにありえないことがらを述べていさえすればなんであってもよく、しかもこの場合、二つのありえないことがらどうしの間に必ずしも強い結びつきかなくてもいいのです。
もう一つ例をあげます。
こんどは法律の文章です。
刑法第百四十八条に「行使ノ目的ヲ以テ通用ノ貨幣、紙幣又ハ銀行券ヲ偽造又ハ変造シタル者ハ無期又八三年以上ノ懲役二処ス」とあります。
この文章のエッセンスは「もしお金を偽造すれば、その者は無期または三年以上の懲役になりますよ」といった条件文に書き加えることができます。
するとつぎのような前件肯定式かつくれます。
だれにせよお金を偽造すれば、その者は無期または三年以上の懲役になる。
A氏はお金を偽造する。
∴A氏は無期または三年以上の懲役になる。
さて第一前提は真です。
そして第二前提が真だったら、結論も真となります。
しかし第二前提か偽だったら、第一前提は真でも、前提は全体として偽となり、結論も偽となります。
もちろん理論的には結論が真となることもありえます。
「偽から真」も可能なのですから。
しかし現実的にはそんなことにならないように最大限の努力が払われています。
つまり無実の罪に泣くような人がいないように努力されています。
だからここでは「偽から偽」だけを考えることにしましょう。
ところでほとんどの法律文は、いまのような条件文です。
そしてその条件文の前件が真であれば後件も真となります。
しかし法律はけっして、前件の文章が真となることを歓迎しているわけではありません。
にせ金づくりなんか一人もいないほうがいいにきまっています。
そしてほんとにI人もいなくても、法律のほうは少しも困りません。
一人もいなければ、第二前提が偽となり、結論も偽となりますが、結論が偽となることは、法律の場合、よろこばしいことです。
というのも、犯人が一人もいないということになるからです。
また第二前提が、はじめのうちは真だと考えられていたが、それは実ほまちがいで、被疑者が無実だったという場合があります。
その場合、第二前提は偽となり、結論も偽となりますから、これもまた大そうよろこばしいことなのです。
物理学での思考実験前件即定式の第二前提が偽となることは、物理学の場合でもたくさんみつかります。
ニュートンの『プリンキピア(物理学の原理)』の最初のところに「すべての物体は、静止の状態、または直線上の一様な運動の状態を、外力が働かないかぎりは、そのまま続行する」とあります。
いわゆる慣性の法則です。
この法則をもう少し単純化しますと、「いかなる物体も、その物体が外力の働きを受けなければ、その物体は静止していれば静止の状態を、直線上を一様に運動していれば、そうした状態を、続行させる」となります。
もちろんこの条件文の前件が真となれば、後件も真となります。
しかし現実的にはこの前件は真となりにくいのです。
たとえば、直線的に運動している物体には空気の抵抗とか、まさつのような外力か働きます。
するとそうした運動はだんだん衰えて、やがて止まってしまいます。
とすると前件は偽、そして後件も偽となります。
確かにいまでこそ、月ロケットを打ちあげ、真空中を自在に飛ばせることができるようになりましたが、ニュートンの時代はそんなことはできませんでした。
ニュートンは、惑星なら抵抗なしに運動できるとは考えていましたが、地上の物体の運動にたいしては、空気の抵抗のことを大そう気にしています。
ニュートンの法則は、地上でのリンゴの落下に対しても、天上の惑星の運動に対しても、おなじように働くはずのものですが、しかし地上の運動に対しては、観察するかぎりでは、「外力の働きを受けない」という前件はどうしても偽になってしまいます。
そして人間が慣性の法則をみつけるのに大そう手まどったのは、そうした日常的観察に忠実に従っていたからなのです。
しかしながら、ニュートンは地上での物体の運動の観察にはまどわされずに、堂々と慣性の法則を、自分の力学の体系の公理としてかかげました。
ニュートンがそうした確信に達しだのは、たぶん、地上の物体の運動に対して、頭の巾で、空気抵抗やまさつ抵抗をだんだんに減らしていって、無抵抗という理想的状態を仮りにつくりあげることによってであったと思われます。
ですからそうした方法は思考実験による理想状態または仮想状態のつくりだしの方法と呼ばれるようになり、その後、物理学では広く愛用され、また大きな効果もあげています。
アリスの出かけた二つの国仮想状態のつくりだしを、こんどは童話や文学作品についてみることにしましI材はルイスーキャロルの『不思議の国のアリス』と『鏡の国のアリス』からとることにします。
この二附はとてもおもしろい本ですので、まだお読みでない方はぜひ一読をおすすめします。
ところどころ、ことば遊びや、ナンセンスな駄じゃれがでてはきますが、そちらのほうはあまり気にしないで、読んでいきますと、この本はけっして荒唐無稽なしろものではなくて、計算しつくされた、論理的そして数字的に豊かな内容のある童話だといえます。
これは子どものために書かれた本ではありますが。
しかし大人でも十分読みごたえのある本で、じっさい、いくつかの大学で、論理学の授業にこれを題材に使ったという話もあるくらいです。
しかしながらそれもそのはずで、アリスの本の著者、ルノ。
スーキャロルは、ドジソンという人物のペンネームでして、このドジソンはイギリスのオックスフォード大学の論理学と数学の先生だったのです。
まず「不思議の国」でのアリスの冒険から始めまし。
う。
ある日アリスはふとしたひょうしに兎穴におちこみました。
その穴はむやみに深くて、どんどん落下していき、ついたところはどうやら不思議な不思議な地下の国のようです。
いや実をいえば、不思議の国の入口のようです。
というのもそこには高さ四〇センチばかりのドアがあり、そのドアを通り抜けなければ、ほんとの不思議の国にはいけないのです。
アリスはこのからだが望遠鏡みたいにちぢめられたらいいのになあと思います。
しかしそれはちょっとむりなようです。
しかし運よく、近くのテーブルの上にそれを飲めば身体がちぢまる液体の入ったびんかありました。
アリスはそれを飲んで身体を小さくし、ドアを出ようとしたのです。
さてこの第一前提はいちおうなっとくのできる文ですから真としましょう。
しかし第二前提は問題かあります。
現実の世界でなら、そんなことは不可能です。
だから、「二五センチぐらいにちぢめる」という文は偽とならざるをえません。
そして結論も偽だといえるでしょう。こうしていまの推論は「偽から偽」だといわざるをえません。
しかし「偽から偽」という推論は、推論の形式が正しいものであるかぎり、ナンセンスなものとはいえません。
そしてアリスの話は、第二前提も、結論も、現実の世界では偽であることを百も承知のうえで進められているのです。
だからそうした世界はもはや現実の世界ではなく、空想の世界であり、文字どおり不思議の国なのです。
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